Homer Radio について知っておくべき4つの事と、選曲を務める8人のDJたち
09 JULY 2024, Written by IKIRU
音楽だけに留まらず、映像製作や自身のジュエリーブランドを立ち上げるなど活動を広げ、時代を象徴するアーティストとなった Frank Ocean。そんな彼は、メディアはおろかライブ活動でも表舞台に出ることは殆どなく、彼の詳しい情報は本人が口を開かない限り公に出ることはない。沈黙を貫き続ける彼に、次作の到着を待ち続けるファンにとっては苦難の状況が続いている。しかし、そんな彼が2022年の10月末からApple Music 1で『Homer Radio』というラジオ番組を新たにスタートさせた。この番組は1エピソードおよそ1時間から構成され、ラジオパーソナリティはおらず、セレクトされた音楽を極上のミックスで彩る。そんな Homer Radio について知っておくべき4つのことをここに記しておきたい。
①Homer Radioのコンセプトは「Office Soundtrack」である
Frank OceanがHomer Radioを始動させる際にある一つの文と共に発表された。
“Twin line array speakers hold court, they’re only a little loud. Someone’s vacuuming the carpets in another room adding white noise to the song. A security guard coming back up from a cigarette break can hear it all from inside the elevator. This is Homer Radio. An office soundtrack. Can’t you hear our “voice”? It’s not a dead line.
ツインラインアレイスピーカーは職場を包み込み、ほんの少しだけうるさい。他の部屋で誰かがカーペットに掃除機をかける音が、曲にホワイトノイズを加えている。一服から帰ってきた警備員がエレベーターの中からその音を聞いている。これはホーマーラジオ。オフィスサウンドトラック。私たちの「声」が聞こえますか?ホーマーラジオは締め切りを急かすものではない。”
② 一曲目はWork・ 仕事についての曲から始まる
①と地続きのトピックにはなるが、Office Soundtrack というコンセプトの元、各エピソードの一曲目は仕事についての曲から始まる。一曲目をまとめたプレイリストを作成したので仕事のお供として聴いてみてはいかがだろうか。
③epk@homer.comで流してほしい楽曲をリクエストする事ができる
このリクエスト制は、リスナーが世界にある全ての曲をリクエストできる訳ではなく、音楽家が自身で制作した音楽だけをリクエストすることが可能だ。Frank Ocean がまだ駆け出しの時に Jay-Z や Kanye West に才能を見出されスターダムを登っていったように、新たな才能を見出したいという気持ちがあると、この仕組みから考えられる。
④Frank Ocean と共に、毎エピソードにコラボレーターとしてDJがいる
現時点で放送されている52エピソード全てにコラボDJがいる。Homer Radio に携わっているDJは以下の8人。合わせて各DJがセレクトした楽曲で、個人的に印象に残った楽曲も紹介していきたい。
・CRYSTALLMES
エピソード1,6,12,18,31,36,43,50を担当。、CRYSTALLMES は主にヒップホップ、テクノ、ハウスを中心に楽曲をセレクト。ヒップホップは新旧幅広く流すが、Project Pat や Three 6 Mafia そしてそのメンバーであった Gangsta Boo などのアメリカのテネシー州メンフィスを拠点としたホラーコア・ヒップホップを好んで流す傾向がある。またロックをセレクトする時もあるのだがポスト・パンク、ニューウェイブ、ゴシック・ロックなどロックに関して言えば狭い範囲でセレクトされる。またCRYSTALLMESは2023年のCoachella Festivalでヘッドライナーを務めたFrank Oceanのステージに出演を果たしている。
『Spoke to Me When I Woke Up』Equiknoxx
『O Superman』Laurie Anderson
・Nick León
エピソード2のみを担当。スペイン出身のシンガーソングライター Rosalía が2021年にリリースした『MOTOMAMI』にも参加した経歴を持つ。楽曲のセレクトはラテン系のサウンドを軸にしているが、今をときめくアーティストの PinkPantheress や Ecco2K の楽曲や Drake の「Sticky」などジャージーサウンドもセレクトする幅の広さも伺える。また一曲目の J.Dilla のWorkinonitで最初から盛り上がりは最高潮に達する。
『Noche de Verano(Dinamarca Remix)』Talisto & Ms Nina
『CHIBI』Esty
・Livwutang
エピソード3.8.15.16.19.25.30.37.42.48を担当。ジャンルは偏ることなく満遍なく楽曲をセレクトする印象を持つ。エピソード25では、Beach House の「Silver Soul」を流した後にその曲をサンプリングしているKendrick Lamarの 「Money Trees」を流すなど時折ウェットに富んだ組み込み方をしてくる。またエピソード25,30では 坂本龍一 の楽曲をセレクトしている。
『Hello / Goodbye』Modern Art
『White Science (feat. Zelooperz)』John FM
・rRoxymore
エピソード4,10,14,20,26,32,38,44,49を担当。テクノ・ハウス・ディスコなどを主にセレクトしているが、時折入れてくるジャズがいい緩急となっている。個人的にエピソード20はmy favorite episodeの一つである。
『Denke Nie Gedacht Zu Haben (feat.Christine,Jasmin)』Ton Lebbink
『Spring Beat 2000』Furacão 2000
・Mexican Jihad
エピソード5,13,21,27,34,41,47を担当。様々なジャンルからのセレクトではあるが軸にラテンや中南米系のサウンドがある。なので、ジャンルがクロスオーバーしても一本の筋は通っているセットリストで非常に聴きやすい印象を与える。
『来るべきもの』YELLOW MAGIC ORCHESTRA
『AUTOMOTIVO GALAXIA REVERSE – ELA É BÍ SEXU4L』DJ Daddy
・Westside Ty
エピソード7,17,23,24,29,35,40,46,52を担当。ヒップホップやジャズ、ソウル、ファンク、R&Bなどブラックミュージックをメインにセレクト。ヒップホップは時代も地域も縛られず広範囲からセレクトされる。ヒップホップのミックスを聴きたければ、Westside Tyが担当をしているエピソードを聴くことをおすすめする。Cash Cobain,Young Nudy,Veeze,Kelelaはよく頻繁にセレクトされるアーティストたちである。
『Bambi』Bb trickz
『Back it Up』Cash Cobain,Chow Lee, TaTa
・Hank K
エピソード9のみを担当。ハウス、ディスコ、ニューウェイブをメインにセレクト。かなり聴きやすい曲で構成されているので、耳触りも良く普段ハウスやディスコを聞かない人でもノレること間違いなし。エピソード9だけの登場であったが、自分にかなり印象を残した回であった。
『Je Suis Passée』Hard Corps
『A Victim』Omar S
・DJ Dave
エピソード11,22,28,33,39,45,51を担当。テクノやポップス、ヒップホップを中心にセレクトされる。Y2Kリバイバルや世界で同時多発的に起こっているインターネット・カルチャーと深く結びついているアンダーグランドシーンのサウンドを積極的にセレクトしている。他のDJとは少し毛色が違うが、大好きな人は全てのエピソードを愛せるだろう。
『UUU』Kumo 99
『L.A (feat.Mina)』NEW YORK
Frank Ocean 名義のプロダクションである以上、この Homer Radio が彼の作品の1つであるには違いない。そこでこの記事を執筆するにあたって全てのエピソードをもう一度聴きなおした自分にはHomer Radio から一つの彼の変化を感じ取ることができた。それは、パーソナルな問題にも対処しながら、世界の動向に目を向け視野を広げるということではないだろうか。
2016年にリリースされた『Blonde』、2020年にリリースされたシングル『Cayendo』『Dear April』を最後に楽曲はリリースされていない。彼の沈黙の期間は今まで通用していた価値観や規範が通用せず急激に変化している時代だ。Frank Ocean 自身は政治的なスタンスを表明し若者に投票することを促してきた。そんな彼が目まぐるしく変化し続け、よりカオスになっている世界に対して何も感じないわけがない。彼の思考は半径から直径へ。そんな彼自身の変化が Homer Radio に色濃く反映されている。
元からNYのレイブ・アンダーグラウンドのクラブシーンに興味を示していた彼は、自らの半径内でインプットを可能にする場所に足を運べなくなった。その時代に人と容易くコンタクトを取れインプットを可能にするのはインターネットの中であり、そういった過程でインターネットのアンダーグラウンドクラブシーンに興味を持ち始めたのではないのだろうか。それが形として現れているのが2023年のCoachella Festivalのヘッドライナーという時代を象徴する大舞台でCRYSTALLMESを起用しDJセットを組んだ所からも伺えるが、何よりもHomer Radioの楽曲セレクトが一番物語っている。
そしてワイドな視点に移り変わっていく彼の思考は、Homer Radioにコラボレーターとして招聘した8人のDJからも汲み取ることが可能だ。8人全員はそれぞれ得意とするジャンルを持ちながらも、それに囚われる事なく楽曲をセレクトできるオールラウンダーであり、一つのエピソードでもテクノ・ハウス・ヒップホップ・ロック・ラテン、そしてオーケストラや実験音楽まで。時代が進むにつれて過剰なほどに細分化されていく音楽の国境を軽々と飛び越えていくDJたちばかりだ。
そしてHomer Radioのコンセプトである Office Soundtrack というのは、各々の「Office」を持つ全世界の労働者のための番組であることを強調している。急激な時代の変化と共にアップデートし続けるFrank Ocean時代の思考が次作にどの様に昇華されるのか一ファンとして楽しみで仕方ない。